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会社を成長させるM&A

M&A(Mergers=合併、Acquisitions=買収)は、マーケットや事業領域を拡大しようとする企業にとって、有効な経営戦略の1つだ。2社の経営資源を統合することで、両社が単独で生み出す以上の価値をもたらすシナジー(相乗効果)を得るのがベストだが、そこにはリスクも存在する。企業の成長に結び付く買収を行うための戦略や、交渉を円滑に進めるためのテクニック、さらには買収後の経営のあり方など、さまざまな角度からM&Aを考察しよう。

中小企業のM&A市場拡大の経路イメージ

期待されるシナジーと
留意すべきリスク要因

M&Aというと「敵対的買収」を連想する人もいるが、これは主に経営陣の意に反して株主が株式を売り渡すことを指す。基本的に社長や親族が株主である未上場の中小企業では敵対的買収は起こり得ず、オーナー社長が経営する中小企業同士の買収は、そのほとんどが友好的なM&Aとなる。

「市場の拡大を望むことが難しい業種が多い中、同業の買収によるスケールメリットの拡大(顧客層の取り込み、調達コストの低減など)や、異業種の買収による新規事業への挑戦などを可能にするM&Aは、非常に効果的な経営戦略の1つです」と話すのは、中小企業のM&Aをサポートするインテグループ(株)代表取締役社長の藤井一郎氏。

M&Aの動向には経営者の景気観がよく反映される。リーマンショック期に減じた国内のM&A件数は近年回復しつつあり、今年は過去最高水準になることが見込まれるという。

買収がもたらす主なメリットとして挙げられるのは、「売上げシナジー」(販売チャネル獲得、営業のノウハウ移植、ブランド力活用など)、「コストシナジー」(規模拡大によるコスト削減)、「リスク分散」(事業多角化による経営の安定化)、「財務力強化」(資金調達力向上や資金調達コスト削減)、「経営手法導入・社員の意識改革」などだ。そして、どんな効果を求めるかによって「ライバル企業買収」、「川上・川下への垂直統合(川上=仕入れ先や業務委託先、川下=販売先)」、「商品・サービスの拡充」、「規模のメリットの追求」、「周辺分野への進出」、「新規事業の獲得」といった買収戦略が生まれる。注意すべきは、買収によって「負のシナジー」も生じ得ることだ。

「よくある事例が、買い手と売り手の企業文化が合わないために、売り手の経営幹部や有力社員が辞めてしまうことです。売り手がある企業のグループ会社や一事業部というケースでは、その会社のグループ内取引きがなくなることで、期待した売上げが得られないかもしれません。間接部門の業務がグループ会社で行われていれば、買収後にそのコストも発生するでしょう」

“スタンドアローン問題”と呼ばれるこれらのリスクを防ぐには、売り手企業の取引先やお金の流れをしっかり把握しておくことが必要だ。

買収監査で洗い出された
問題にどう対応するか

一般的なM&Aの手続き例

得られる効果を十分に検討して戦略性を明確にした後は、売り手企業をリサーチすることになる。「多くの候補企業を探すため、M&Aの複雑な手続きをスムーズに進めるためにも、金融機関や仲介会社を利用してサポートしてもらうのが一般的」と藤井氏はいう。

最近は後継者不在を理由に売り出される例が多いが、中小企業は経営者の及ぼす影響力が強いので、売り手側の社長が経営から手を引いた後もその会社がきちんと回るかどうかの見極めも必要だ。

有力候補が見つかったら、秘密保持契約を結んだ上で資料の提出を受け、双方の希望条件を調整することになる。ただし、買収条件をオファーしたとしても、買収できるとは限らない。売り手が優良企業であるほど買収したがる企業も多く、必然的に売却価格も高くなる。

基本合意がなされたら本格的な交渉に移るが、ここで山場となるのは、会計士や弁護士による買収監査だ。

監査をする会計士や弁護士は相手の“あら探し”をするのが仕事なので、この段階でさまざまな問題が報告されるはずだ。

例えばそれまで明らかになっていなかった負債が出てきた場合、一般的に「問題視しない」「交渉を打ち切る」「買収金額から負債分を差し引かせる」という3つの選択肢が考えられる。負債の大きさにもよるが、それを理由に交渉を打ち切っても、よりよい条件の企業が現れるとは限らない。わずかな負債の存在を理由に値引きを持ち掛けると、売り手が気分を害する可能性がある。

売り手から感情的に嫌われれば、当然交渉は思うように進まなくなり、心証を悪くして破談になるケースも多いという。交渉成立後も、業務の引き継ぎや社員・顧客の引き留めに協力してもらわなければならないため「相手に気持ちよく売却してもらうことが大切で、そのほうが多少の値引き額より利が大きい場合も少なくありません」と藤井氏はアドバイスする。

買収後の経営まで見据えた
ロードマップの作成が必要

無事、交渉がうまくいっても「M&Aの成立=成功」ではない。投資に見合ったメリットが得られなければ、買収した意味がないからだ。一にも二にも検討段階での計画性が重要だが、買収後の経営手法にもM&Aの成否が大きく問われることになる。

中小企業のM&Aにおいては2社が直ちに合併するケースは少なく、買い手が売り手を子会社化するのが一般的だ。これは、子会社にするには株式が譲渡されるだけでよいが、合併するには会計システムや人事システムの統合など、煩雑な手続きを必要とするからである。

また、買収後の子会社に派遣された人材がそのことに不満を抱き、いやいや経営をするようでは、業績の維持や向上が望めないのはいうまでもない。理想的なのは、買収後に実際に経営を担う部門・人が、買収検討の段階から深くかかわることである。事前に期待されるシナジー、あるいは予想以上のシナジーを創出するには、経営責任を持つ部門や人がしっかりとコミットして、子会社の運営にあたらなければならない。

「買い手と売り手のビジネスモデルや企業文化、制度の統合の仕方はケースバイケースです。買収後に早く同化させたほうがよい場合もあれば、独立した経営を維持したほうがよい場合もあるでしょう。企業文化やワーキングスタイルが大きく異なる会社を一気に同化させようとすると社員が混乱し、モチベーションが低下するので配慮が必要です」

期待されるシナジーと想定されるリスクのバランスをどう測り、買収後の統合のロードマップをどう描くか。M&Aを成功させる鍵は、つまるところ経営者の総合的な判断力にかかっているといえるだろう。

次からは、確かな戦略性をもってM&Aを進め、マーケットや事業領域の拡大を実現した企業の実例を見ていこう。


忘れてはいけない社員感情への配慮

買い手側は売り手側の有力な社員が譲渡後も会社に残ってくれるかどうかを事前に確かめたいところだが、社員に動揺を与えないよう、交渉中は必要最低限の関係者だけで協議を進めるべきだ。
売り手側の社員への発表は契約成立後に行い、買収されることを前向きに捉えられるよう、前向きなビジョンをしっかり説明する義務がある。子会社の社員のモチベーションを保つには、買い手側の経営者が積極的にコミュニケーションをはかることも重要だ。
子会社には、買い手側の社員が管理職として派遣されるケースもあるが、買収交渉時と同様、買った側の社員が横柄な態度を取ることは禁物である。また、子会社へ派遣した人材に「左遷されたのではないか」という不安を抱かせないよう、子会社で経験を積むことの意義を伝えることも大切だ。双方の社員の感情に対するきめ細かなケアを行うことも、M&Aを成功に導く大切な要因となる。

藤井一郎(ふじい・いちろう)

三菱商事(株)に入社し自動車事業に携わる。米国でMBA取得後、IT企業の海外事業立ち上げなどを経て、2007年にM&A仲介のインテグループ㈱設立。中小規模のM&Aを多数手がける。

CASE1
サティス製薬

経営ビジョンの具現化に向け
戦略性に富むM&Aを実行

化粧品のOEM企業が
確固たる製造基盤を取得

1999年創業の(株)サティス製薬は、基礎化粧品や医薬部外品、各種石鹸のOEM(受託製造)を行う企業だ。研究開発と製造からマーケティングまでワンストップで担うのが特長で、異業種からの化粧品業界参入を試みる多くの企業を成功に導いてきた。その土台には、天然系高分子を用いたゲルや、天然植物エキスを用いた防腐剤、アルコールを配合しない透明石鹸など、エンドユーザーに安心感を与えられるオリジナルの基礎化粧品を製品化する優れた研究・開発力がある。

同社が化粧品の生産設備を持つ企業の買収を検討し始めたのは、設立から約10年後のことである。

「自社工場はありましたが、研究開発系のベンチャーとして発足した当社の製造力は、必ずしも盤石とはいえませんでした。高品質な製品を安定生産できる体制の構築に向け、M&Aによって確固とした製造ノウハウを吸収する必要性に迫られたのです」と話すのは、代表取締役の山﨑智士氏。

約200社もの候補企業から絞り込まれたのが、化粧品・食品の包装請負を行う(株)中央流通研究所だった。

「73年設立の同社の生産設備は古くなっていましたが、掃除やメンテナンスが行き届いているのに感銘を受けました。現場の人の動きも適切で無駄のないことが一目瞭然で、品質管理・コスト管理のレベルは非常に高いものでした」

売却理由は後継者問題で、体調を崩した創業者に代わり子息が社長を務めていたが、単独で経営をしていく意向はなかったという。

業務の選択と集中で
子会社の利益率を拡大

サティス製薬の優れた研究・開発力は、化粧品メーカーから絶大な信頼を得ている

監査による財務上のリスクも指摘されなかったことから、山﨑氏は買収を決断。一定期間を経て創業者の同族は全員退社し、売り手側の役員が取締役社長に、山﨑氏が登記上の代表取締役になるといった人事が、交渉中に取り決められた。

こうしてM&Aが実行されたが、40年以上の歴史があった会社だけに、当初は一部の既存社員からの風当たりが強かったという。

「買収直後は私自身もラインに立って、一緒に汗を流しました。買収先の社員から信頼を得るには、地道にコミュニケーションをはかるしかないと思います」

以前は充填・包装の技術を応用した多様な仕事を請け負っていたが、買収後は取引先に迷惑をかけないように配慮しながら少しずつ業務内容を整理。現在は既存の得意先とサティス製薬から発注される化粧品の充填・包装や石鹸の製造に特化した業務にシフトしている。

「当社はその後、第2・第3工場を開設しましたが、現場に子会社の人材を起用することで、優れた製造ノウハウを移入することができました。一方、当社の工場だけでは賄いきれない製造を任せることで、子会社の売上げも拡大。業務の『選択と集中』を行った結果、売上げだけではなく利益率も大きく向上しています」と山﨑氏はそのシナジーを語る。

次なるM&Aを模索中
課題はマネージャーの育成

同社は現在、第2のM&Aに向け、異業種企業との交渉を進めているところだ。しかし、なぜ異業種を買収するのだろうか。そこには、経営ビジョンの具現化に向けた独自の戦略性が見てとれる。

「1人でも多くの女性に正しい綺麗を」が同社の経営理念だが、化粧品の提供はその一手段にすぎず、医療や食品、美容家電、メイクアップをはじめ、手法は無数に存在する。同社は基礎化粧品の開発・製造という枠にとらわれず、多様な角度から女性の美を追求しようとしているのである。

「自社の力で食品や医療といった別事業を興すことは困難ですが、M&Aを活用すれば効率的にその基盤を取得できます。中央流通研究所の買収では製造技術を入手しましたが、同じレベルのノウハウを自力で培おうとすれば、何十年もの時間を要したでしょう。M&Aとは、つまるところ『時間を買うこと』だともいえます」

買収した中央流通研究所の工場は5Sが徹底されていて、非常に高い品質管理能力を有している

今回のM&Aの経験から山﨑氏が強く意識しているのは、経営理念やビジョンをグループ会社に浸透させられる人的リソースの重要性だ。そのポジションには、単に経営管理能力に長けた人材よりも、理念をしっかり有するプロパーの社員が適しているとして、同社は近年、新卒社員の採用と育成に力を注ぐようになった。実りあるM&Aの遂行には、このように買収後の組織管理にも配慮した長期的な視野と周到な準備が不可欠だといえそうだ。

(株)サティス製薬

代表取締役の山﨑智士氏

●創業:1999年

●資本金:5,120万円

●代表取締役:山﨑智士

●事業内容:化粧品、医薬部外品、石鹸の企画、処方開発および受託製造

CASE1
生体分子計測研究所

事業領域の近接する企業との
シナジーで顧客層を拡大

コアな計測・解析サービスを
ハードとソフトの両面で提供

(株)生体分子計測研究所は、旧・通商産業省工業技術院[現・(国研)産業技術総合研究所]アトムテクノロジー研究体の研究成果をベースに、旧・工業技術院第1号ベンチャー企業として1999年に設立された。

独自開発の静止画による生体分子可視化・計測技術に加え、金沢大学との共同研究で、ナノレベルの分子を動画として可視化する技術を確立。高精度のプローブ顕微鏡(※)や検査機の販売、受託計測サービスとともに、先端計測解析センターでの食品環境計測サービスや機能性評価試験サービスなどを行っている。

同社が物質の分子構造を原子レベルで可視化するNMRの解析ソフトや、MRI、CTといった医療画像の解析ソフトを主力商材とする(株)エルエイシステムズを買収したのは2006年。創業社長が急逝したために譲渡先を探しているという情報を知人から得た生体分子計測研究所代表取締役の岡田孝夫氏は、「走査型プローブ顕微鏡か核磁気共鳴装置かというツールの違いだけで、両社の製品は『分子の働きを可視化する』という点で合致していました。事業領域が類似していることから、M&Aを行えば双方が近接する顧客層を取り込める可能性があると考えました」と振り返る。

両社とも公認会計士を立て、約半年にわたって資産の査定や売却価格などの調整が進められた。

「財務面のリスク要因は特に報告されず、前社長が亡くなった以後の業績の低下で査定価格も低く見積もられたことから、買収を決断しました。当社にとって無理のない投資額で、条件のいい会社を譲受することができたと思っています」

想定内・想定外の効果で
売上げ増と経営安定化を実現

買収後のエルエイシステムズでは、社員の主体性が育ってきている

こうして岡田氏はエルエイシステムズの社長に就任し、生体分子計測研究所から派遣された取締役が子会社に常駐するようになった。

「M&A後は定期的なミーティングで互いのユーザー情報を共有し、両社による共同提案なども行える体制を整えました。事業の相互乗り入れによって両社がマーケットを拡大したのは、まさに期待したシナジーそのものです」

その一方で、M&A直後は思わぬ苦労も強いられたと岡田氏はいう。

「エルエイシステムズの海外取引先との契約書の内容が不十分だったために、1件ずつ契約を結び直す必要がありました。また、前社長の逝去後に関係が希薄になった取引先があり、そのリカバリーに相当の労力を費やしました。このように会計士によるチェックだけでは明らかになりにくい潜在リスクもあるので、M&Aを行う企業は留意すべきだと思います」

2社のベクトルを一致させ
共同の製品開発も推進

溶液中でしか起こり得ない反応や構造変化のリアルタイム動画観察を実現した、高速原子間力顕微鏡サンプルスキャン型「NANOEXPLORER®“SS-NEX”-Ando model-」

M&A以前のエルエイシステムズは創業者によるワンマン経営だったが、岡田氏は個々の社員の主体的な営業努力による新たな顧客ニーズの開拓を重視している。そこで、新商材を探すために海外の学会への参加などを促すようにした結果、社員の意識改革が徐々に進んだという。

現在は2社で「画像精密計測のグローバルニッチトップ企業になる」をコンセプトに掲げ、両社のベクトルを合わせることにも力が注がれている。

エルエイシステムズの扱う分析装置と、生体分子計測研究所の装置を組み合わせた新製品開発も検討中だ。例えばエルエイシステムズが扱っているNMRに、生体分子計測研究所の高精度なプローブ顕微鏡を組み込めば、質の高い画像が動画として撮影できる。こうした画期的な製品が開発されれば、M&Aによるシナジーはさらに大きなものとなると岡田氏は考えている。

自社の独自性や優位性を強化するさらなるシナジーを求め、岡田氏は好条件の企業があれば第2のM&Aも前向きに検討している。

※ 探針とサンプル間に働くさまざまな物理量を画像化する顕微鏡

(株)生体分子計測研究所

代表取締役の岡田孝夫氏

●創業:1999年

●資本金:2億1,570万円

●代表取締役:岡田孝夫

●事業内容:生体分子計測事業(SPMなどナノUバイオ計測装置の開発・製造・販売、SPMを主としたナノUバイオ可視化・計測)、先端計測解析センター(食品・環境検査、細胞バイオアッセイ)、研究開発(ナノUバイオ領域における自主研究・共同研究)