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優位性を高めるベンチマーキング術

企業が生き残るためには、常に経営改革や業務改善を行っていかなければならない。

しかし、やみくもにいいといわれることに手を付けても成果は出ないだろう。

自社に合うベストなやり方をほかから見つけ、課題を解決するために有効な ベンチマーキング術を紹介する。

会社や業務をどのように変革するか。
目指すべきものの見定め方とは── 。

米国ゼロックス社から始まった
ベンチマーキング

「ベンチマーキング」とは何か。

簡単にいえば、自社の商品・サービスやプロセスなどをほかの“優良企業”と比較し、そのギャップを埋めるように自社を改革・改善していく活動のことだ。一般的に、ベンチマーキングの分野では、自社の成長に有益な“優良事例”を「ベストプラクティス」と呼ぶ。「ベストプラクティス」に段階的に追いつき、将来的には追い抜いて、自社の優位性を高めることが最終のゴールとなる(下図参照)。

「ベンチマーキングの発祥は、アメリカのゼロックスコーポレーション(以下、米国ゼロックス社)だといわれています」と話すのは「ぷろえんじにあ」の代表で、コンサルタント・技術士として活動する粕谷茂氏。粕谷氏はソニー㈱退社後、米国ゼロックス社の関係会社である富士ゼロックス(株)に入社し、米国ゼロックス社の資料から、ベンチマーキングの効果的な手法を研究してきた。

「アメリカの企業ではそれまでも『自分たちの抱える課題がどのレベルなのか』というところで、目標のテーマ設定などに取り組んでいたのですが、あくまで“自己流”の取組みでしかありませんでした。それを“ベンチマーキング”として体系化したのが米国ゼロックス社であり、その後、アメリカ全土に広がった。1980年代終わり頃には日本にも波及しました」

■ベンチマーキングイメージ図

現在の自社(N)におけるさまざまな課題において、ベストプラクティス(BP)を設定し、そのギャップを埋めていくことで将来的にはベストプラクティスを上回る自社のあるべき姿(F)を目指す(この図ではBPをまず目指すべき100%の値としている)。

2015年6月号特集 ベンチマーキングイメージ図

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目標は“競合”ではない
全業種を対象に狙いをしぼる

ではここから、粕谷氏の調査・研究を基に、ベンチマーキングの手法について考えていこう。粕谷氏はベンチマーキング導入時のポイントについて、次のように話す。

「ベンチマーキングは、企業の規模にかかわらず、明日からでもできることです。『このとおりにやらないといけない』といった類いのものでもなく、本質さえとらえていれば、自社に適したやり方にアレンジしても構わないのです」

では、その本質とはどんなものなのか。懸念事項として次の点を挙げながら粕谷氏は解説する。

「ベンチマーキングというと、その言葉だけが一人歩きし、『ベンチマーキング=同業他社の競合を目標にとらえ、それを真似ていくもの』と思われがちですが、対象となるのは競合他社に限らないのです。同業だとやり方がある程度決まっていることが多く、他業界からのほうが『こういうやり方があるのか!』という気付きも生まれやすい。ベンチマーキングは競合に勝てばそれでよし、とするものではなく、他業界からでもベストな事例を見つけ、目標を“もっと高い位置”に設定することが重要です」

自社で商品を開発するにしても、何か仕事のやり方を決めるにしても、必ずそこには目標設定が必要となる。

肝心なのはその際に「どこに目標を設定するのか」ということだ。同業の競合よりも“ちょっと上”を狙うのが旧来のやり方だったが、「それだけだとある程度の改善までしかできない」と粕谷氏。実現可能な目標をベンチマークするのではなく、目標を高く設定し、将来的に自社のあるべき姿を目指す─。それこそが、真のベンチマーキングといえるだろう。

では、ベンチマーキングは中小企業でも導入できるのだろうか。特にベストプラクティスの目標を高く設定すればするほど、やるべきことも増え、コストがかかっていくように思える。しかし、粕谷氏は次のように否定する。

「たとえコストが高くなっても、目標を定めること自体にメリットがあるはずです。ベンチマーキングをすることで、自社の得意分野と、何をプラスアルファすればいいかがわかる。それをきっかけに、国などの補助金を活用するという道も生まれるかもしれません。予算がないからと諦めるのではなく、まずは導入することが大事なんです」

仕事のやり方や、人事評価など
あらゆる分野への応用が可能

もう一つ、粕谷氏はベンチマーキング導入時の注意点を挙げる。それは「自社の中にある改革すべきものが商品・サービスに限らない」という点だ。

「商品・サービスそのものではなく、仕事のやり方へもベンチマーキングは応用できるのです」と粕谷氏。

仕事のやり方の場合、例えば、別部門の優良事例を目標に据えた「社内ベンチマーキング」としても展開可能だ。さらに企業の人事評価でも、業績の優秀な社員の行動特性をベストプラクティスにするなど、あらゆる分野で活用できる。

企業で何かしらの変革をもたらす時に、効果を発揮するベンチマーキング。粕谷氏は、導入時に必要な心構えとして、こうも付け加えた。

「ベンチマーキングは、実施者の思いがとても大事です。社長であろうが、一般社員であろうが、ベンチマーキングをしようとする人に『こうしたいんだ』という思いがないと、単なる情報収集で終わってしまいます。成り行き任せで目標を設定するのではなくて、きちんと自分の意思をもってやっていかなければいけないのです」

粕谷茂(かすや・しげる)

ぷろえんじにあ代表。ソニー(株)、富士ゼロックス(株)での勤務を経て、電機や自動車、精密機械などの分野において、技術・製品開発や人材開発のコンサルティング、講演を行う同社を設立。ベンチマーキング発祥の米国ゼロックス社の資料から、独自に技術開発やプロセス改革などについてのベンチマーキング研究を行い、多くの中小企業の課題解決に応用している。それらを基にしたベンチマーキングセミナーも開催予定。そのほか、山口大学創成デザイン工学講座の講師なども務める。


http://www.proengineer-institute.com/

プロセスで見るベンチマーキングの実践例

最初に着手すべきは
公になった情報の“収集”から

■ベンチマーキングのプロセスモデル

では、実際にベンチマーキングとはどのように進めていけばいいのか、事例を基に4段階に分けたプロセスで見ていこう(上図参照)。

中堅出版社のA社では、事業規模の拡大とともに組織の階層化が進んでいた。社員数30名程度の小規模な会社ではあるが、問題なのは、階層的な組織になるにつれ、意思決定のスピードが遅くなっていること(下図参照)。

書籍の刊行とともに電子コンテンツ分野への参入を視野に入れていたA社にとって、新たなコンテンツを生み出す企画を次々に立てていくには、抜本的な組織階層の見直しが必要だった。

そこでA社は、自社の組織づくりにベンチマーキングの手法を取り入れ、仕事の効率を上げようと考えた。ここで重要なのは、A社が計画段階から「組織階層をフラット化することで、仕事の効率を上げる」という目的を明確にした点だ。計画段階から「ベンチマーキングでどうなりたいのか」を決めておくことで、その後の調査対象もはっきりし、組織的に取り組むことができた。

A社ではワーキンググループ(以下、WG)を立ち上げ、本格的にベンチマーキングに取り組むこととなる。WGが計画段階でまず着手したのは、対象を決めること。A社は他業種となるあらゆる分野から、優れていそうな組織体系をピックアップし、その中から技術開発系メーカーB社をベストプラクティスに定めることにした。

対象となる企業と
Win-Winの関係を築く

目標が定まった後は、企業訪問を開始した。幸い、幹部が日頃から参加している経営懇談会をつてに、B社担当者へのアポイントが取れ、実際に訪問することで、公になっている情報だけではわからない、泥臭い話も聞くことができた。

同じ業界であれば、商品開発にかかわるような情報開示はB社から拒まれるところだったが、競合他社ではないA社にはなんら抵抗がなかったようで、快く情報を提供してくれたという。むしろ出版業界の動向について話したことで、B社担当者は「自社にとっても有意義なものだった」と喜んでくれた。

ここでのポイントは、企業訪問時の心構えだ。相手企業に訪問して、ただ「教えてください」では効果はない。相手にとってもメリットになるような、自社の強みを差し出し、お互いにWin-Winの関係になることを前提にすれば、受け入れてくれる可能性も高まるだろう。ベンチマーキングとは決して一方向で行うことではないのだ。

自社に成果を持ち帰り
ギャップは何か検討する

さて、WGは企業訪問後、自社に情報を持ち帰り、自社とB社の組織階層の間にある現状のギャップを抽出し分析した。

B社の組織階層は、数十人のタスクリーダー(テーマリーダー)が決裁の可否を決める本部長に直接情報を上げることができるフラットな組織だった。具体的には、各タスクのリーダーが部下からの報告をまとめ、本部長に直接週報で業務を報告でき、その写しを関係者にも提出している点だ。

WGは、B社の組織階層を取り入れることで「意思決定の迅速化により開発のリードタイムが短縮できる」「現場モラルの向上と動機づけ効果が期待できる」という二つの効果(メリット)を考えた。一方、課題(デメリット)として、「本部長の業務量の増大とその処理能力の有無」という実状を聞いた。

以上をふまえ、A社の新組織は、B社の「本部長」が「社長」に置き換わるようなかたちでつくられた。A社の組織規模は、B社の10分の1程度だったので、B社に教えられた課題はクリアできると判断した。また、A社に導入することで「リーダーのポジションに就く人が少なくなる」というギャップが生じたが、新しい専門職制度を設けることで解消した。

こうしてA社では、仕事の効率を上げるための新組織階層がスタートした。ここから先は仕事の効率を上げるアクションプランを実行するとともに、新組織を定期的に評価していくことが必要となる。その際には、仕事の効率がどれだけ上がったのか、具体的な数値を示しながら、現状と比較することも必要となる。

では次に、会社全体で社内外問わず対象を決め、ベンチマーキングを行っている企業を紹介する。

株式会社開倫塾

●創業:1979年
●資本金:8,000万円
●代表取締役:林明夫
●事業内容:事業内容:栃木、群馬、茨城等北関東で小中高生を対象とする進学ならびに補習塾の運営

教わり続けて
北関東屈指の学習塾に

栃木県足利市に本部を置く(株)開倫塾。同塾で中学・高校・大学受験に挑む塾生は、実に7,000名に及ぶ。塾長の林明夫氏は、塾で抱えるあらゆる課題の解決にベンチマーキングを取り入れている。その取組みが評価され、2002年には栃木県経営品質賞中小企業部門県知事賞を受賞。09年にハイ・サービス日本300選の第7回受賞企業に選出された。

「設立から間もない1980年代後半は、教職員が増えるたびに経営的な課題がたくさん出てきました。しかしいくら自分で解決法を考えてもそれが正しいとはかぎらない。考えた末、同業他社の教育現場に出向いて勉強させていただき、開倫塾の仕組みをつくろうと独学でベンチマーキングを研究したのです」

教育の場一つとっても、教室のつくり方や、机・黒板といった備品の揃え方から「年間のカリキュラムをどうするのか」「塾生のモチベーションを高めるには」「不登校の生徒が来た場合にどうするか」など、学習塾の課題はさまざまだ。

「経営課題が出てくるたびに同業、異業問わず教わりに行く、ということを30年くらい続けています」と林氏。それを続けてきた結果、同塾は栃木県、群馬県、茨城県に60の教室を展開する、北関東エリア屈指の進学塾となることができた。ベンチマーキングで気を付けるポイントとして、林氏は「同じメンバーで行く」ということを挙げる。

「私のようなトップだけが視察に行き、帰ってきて社内に広めようとしても『またなんかしゃべっている』と煙たがられます(笑)。経営の根幹にかかわるメンバーで“同じものを見る”というのが重要で、そうすることで危機意識も共有されていくでしょう」

優良事例の“標準化”で
暗黙知を形式知に変える

 社外に向けたベンチマーキングの一方、同塾では「社内ベンチマーキング」も盛んだ。毎週火・水曜日に全体やブロックごとの会議を開いており、その時々で旬となるテーマが挙がってくるという。

「60も教室があれば、生徒の数や進学率など、校舎ごとに数多くのデータが集まります。それを見て、一番いいところの取組みを全社で共有化しています」

例えば「辞書を使うことで生徒の学力が向上する」とわかったら、どの校舎で辞書を有効的に使っているのか調査し、評価の高い校舎の校長に発表してもらう。それが全体で取り組むべきものに値するならば、その後のプロセスで“標準化”させていく。

「共有化するには実験と修正を繰り返すことが必要ですが、大切なのは、この“標準化”です。標準化したマニュアルがあることで、暗黙知が形式知に変わっていく。優れた取組みをそのまま真似するのはとても困難なことなので、標準化が必要なんです。誰でも自分がこれまでにやってきたプロセスを変えることには抵抗があるでしょうし、『自分が否定された』と感じさせないよう、理解をうながす仕組みが必要だと思います」

なお同塾では、06年から「模擬授業大会」を主催している。教員たちが「チョーク1本」でほかの教員を前に模擬授業を行うイベントだ。当初は社内ベンチマーキングの一環として開催していたものだが、現在は社外の教員も参加するようになり、大きなイベントへと発展している。

林氏は、一連のベンチマーキングの取組みについて「やはり目的は、生徒の学力向上。最終的な成果は合格率などのかたちで表れるかもしれませんが、単に試験の点数を上げるような“学力”ではなく、“学ぶ力”を養いたい」と話す。

さらに「教育の成果を決定するのは、本人の自覚と教師の力量です」と林氏。なかなか生徒に自覚させることは難しいが、「私たちの力量で生徒の自覚をうながすことはできるはず」と続ける。

開倫塾にとって、それを達成することが、ベンチマーキングの最大の成果といえるだろう。