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成功する親族外事業承継

親族内に適当な後継者が見つからず、事業承継問題を先送りせざるをえない中小企業経営者が増えている。とはいえ、経営者としては会社が存続できず、大切な従業員の雇用を失うことだけは避けたいところだ。親族内に後継者がいなければ、従業員への承継やM&A(合併・買収)による第三者への譲渡という道もある。本特集では近年増加しつつある従業員への承継を中心に、円滑な事業承継の方法を多角的に考察する。

図2:中小企業の経営者年齢の分布

経営交替の停滞は
日本経済に危機をもたらす

事業承継は企業の存続に関わる重要な課題だ。かつての中小企業は子を中心とする親族に経営権を引き継ぐのが一般的だったが、近年はその割合が減少。経営者に子がいても、子が承継を望まないケースも増えて いるという。

「統計を見ると(図2)、この20年の間に中小企業経営者の年齢の分布が40代から60代へと、20歳近く も上がっていることがわかります。これは20年もの間、経営者の交替がスムーズに進んでいない実態を示すもので、国も深刻な事態として受け止めています」と話すのは、(税)タクトコンサルティング代表社員 の玉越賢治氏。

事業承継には、主に「親族内承継」、従業員承継」「M&A」の選択肢があり、いずれも行われなければ、 廃業を強いられることにもなる。

「中小企業庁が事業承継問題の解決に本格的に取り組み始めた10年ほど前の時点で、年間約7万社が後継者不在を理由に廃業していました。こうした状況が続けば多くの雇用が失われるばかりか、中小企業が保有する貴重な技術が受け継がれないことになり、日本経済の基盤が損なわれてしまいます」

そんな中、親族内に譲渡候補が見つからないことから、次善の策として従業員への承継を考える経営者が 増加傾向にある。

「事業内容や組織を熟知している従業員なら、経営者が長年培ってきた企業理念や企業文化なども、M&A による第三者への承継と比べて維持させやすいといえるでしょう」

ただし、従業員承継に際しては乗り越えるべき大きなハードルがある。その一つが、後継者の資質の問題だ 。これは親族内承継でも同じことがいえるが、現場では手腕を発揮している人材でも、経営者としての能力 が長けているとは限らないし、経営を担う意欲に欠けることもある。この問題をクリアするには、経営者が 早い段階から候補者を見出し、将来経営者にさせるための教育や意識付けを行うことが望まれる。

「最近の60歳代はまだまだ元気ですが、体調を崩したことが契機となって、一気に経営に対するモチベー ションを低下させるケースも少なくありません。そうなる前に承継の見通しを立てておくことが不可欠です 」と、玉越氏も早期から準備に着手することの重要性を喚起する。

後継者の資金問題を解決する
株式譲渡と事業譲渡

従業員に適切な後継候補がいたとしても、実際に事業を譲渡するにはもう一つの大きな壁がある。後継者が安定した経営権を掌握するだけの株式(3分の2以上)を取得するための資金を、どのようにして捻出するかという問題だ。

2013年度の税制改正(15年1月1日施行)で「非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予及び免除の特例」が改正されて利用できるようになったが、株式を売買する場合、後継者の資金問題が抜本的に解決されるわけではない。

「株式購入のための手法の一つが後継者によるSPC(特定目的会社)の設立で、最近は金融機関も積極的に勧めるようになっています」

これは、株式取得のための資金調達を目的に設立される法人で、経営者はその会社に株式を売却。SPCは金融機関からの融資を受けて株式を購入することになる。

「SPCは誰でも設立できますが、返済財源が対象会社からの配当となることから、融資の際には利益の出せる会社かどうかが問われます」

したがって金融機関は、赤字を出している会社にSPCの設立を提案することはない。そもそも赤字企業の株価は低いので、後継者が取得に要する資金の捻出もそれほど困難ではない場合が多いはずだ。

「SPCを設立しての株式取得のための融資が難しそうな場合は、金融機関や債権者の了承を得たうえで事業だけを譲渡する方法があります。これは、既存の会社を残したまま従業員が別会社を設立するもので、そこまではSPCと同様ですが、従来の会社の株式は経営者が所有したまま、会社の営業権と従業員を後継者が株主の別会社に移します」

譲渡代金は、既存会社の借入金をどれだけ付けるかで調整され、例えば資産3億円・借金3億円の会社なら0円、資産3億円・負債2億円の会社なら1億円で譲渡されることになる。従業員承継の方法は、このように株式譲渡と事業譲渡に大別されるので、自社の規模や業績に応じて判断することが求められる。

また、会社が金融機関から融資してもらい、後継者が会社からその融資金を借りるという方法もある。後継者が事業承継のために株式を取得するという目的がはっきりとしているため、金融機関も相談に応じてくれるケースがある。

経営の透明化をはかり
承継しやすい会社に

親族にも従業員にも後継者候補がいない場合は、M&Aによる第三者への譲渡という選択肢もある。どのようなかたちを取るにせよ、「経営者は日頃から承継しやすい会社にするための努力をする必要がある」と玉越氏は指摘する。

「そのために重要なのが、経営の透明化をはかることです。中小企業ではしばしば会社の財産と経営者個人の財産が不明瞭になっているケースが見られますが、そうしたことはしっかり区別をつけなければなりません。逆に経営者が会社に融資していたり、会社が経営者所有の土地を借りていたりすることもあります。たとえ優良企業でも、社長借入金が多ければM&A時の査定額から差し引かれるばかりか、『簿外債務があるのではないか』と疑われて相手方の印象を悪くします」

透明化された会社ほど、意欲的な後継者候補の従業員も現われやすいといえるだろう。

次項からは、国による公的支援の一環として、後継者不在の事業承継をサポートする東京都事業引継ぎ支援センターの支援内容と、独自の取組みで従業員への事業承継を円滑に進めた企業の事例を紹介する。

非上場株式などについての贈与税の納税猶予・免除の特別

玉越賢治(たまこし・けんじ)

(税)タクトコンサルティング代表社員、㈱タクトコンサルティング代表取締役社長、税理士。関西大学経済学部卒業。2003 年(税)タクトコンサルティングを設立し代表社員就任。12 年㈱タクトコンサルティング代表取締役社長就任。中小企業庁の各種事業承継関連の検討委員、日本商工会議所や東京商工会議所の税制委員を長く務める。

PART1 東京都事業引継ぎ支援センター

事業承継を支援する
公的機関

1970年代と比較して
親族承継は3分の1に激減

東京都千代田区の東京都事業引継ぎ支援センターは、「産業競争力強化法」に基づき、経済産業省関東経済産業局の委託事業として東京商工会議所が運営する事業承継の相談窓口だ。後継者不在で将来の事業存続に課題を抱える個人事業主も含めた中小企業経営者を対象に、スムーズな事業承継を促進するためのアドバイスを無料で行っている。

「約80%がM&Aによる承継、約15%が自社役員や従業員への承継に関わるもので、5%ほどは親族、従業員、それ以外の第三者のいずれに経営を譲るべきか未定のまま相談に来られます」と話すのは、同センターでプロジェクトマネージャーを務める木内雅雄氏。

図3が示すように、1970 年代後半の中小企業の承継者は子を中心とする親族が9割以上を占めていたが、近年はその割合が3分の1ほどに大きく減っている。図3:原経営者と先代経営者との関係

その理由として少子化による影響などが挙げられるが、子がいたとしても承継されないケースが増えていると木内氏はいう。現在の60歳代の経営者が事業承継した時代と違い、いまは多くの業界において市場成長がほとんど期待できず、競争が激化している。そうした厳しい経営環境下では、子や親族にバトンを渡すより、力のある第三者に譲渡したほうがよいと考える経営者が増加しているのだ。

そのような背景のもとに設立された同センターの役割は「会社の譲渡先をどう探すべきか」、「交渉や契約の流れはどのようなものか」、「譲渡に際していかなる課題があるのか」といった経営者の多様な悩みにアドバイスを与えることだ。応談するのは、金融機関や大手M&A専門会社などでの実務経験を持つスタッフや、公認会計士、税理士など。課題の提示とその解決のための選択肢を示し、提携するM&A支援会社や各種専門家への引継ぎを行うほか、同センターに寄せられた「企業を買いたい」というニーズとのマッチングによる直接支援もなされている。

親族外承継に関する
有用な情報と助言を提供経営者の年代別に見た後継者の選定状況

M&Aと比べると割合は少ないが、近年は役員や従業員への社内承継を望む経営者も増加傾向にあるようだ。 同センターには、譲渡する経営者のみならず、譲受側の従業員からの相談も寄せられている。

「従業員の方からの相談で多いのは、対価を払って承継することの妥当性と、その資金の捻出方法です。日頃、会社の経営状態について意識しておらず、決算書を見たこともない場合も少なくありません。そのような方にはまず、承継にともなって考え得るリスクを客観的に認識していただくところから助言を行います」

一般に業績のよい会社ほど株式評価額が高いため、後継者が株式を譲受するための資金調達も難しくなるが、その解決策の一つであるSPC設立をともなうMBOに関する相談を受けることもあるという。

堅実な経営で内部留保が現預金で蓄積されている会社なら、引退する経営者に役員退職金を支払うことで株価を引き下げ、後継者の資金負担を軽減させることも可能だ。そうした方法も含め、相談者の置かれている状況に応じてさまざまな角度からアドバイスを与えてくれるのが、同センターの特長だ。

「中小企業の経営者は多忙なため、事業承継の問題はつい後回しにしがちです。いよいよ引退となったときにM&Aを希望しても、納得のいく評価をして買ってくれる企業がすぐに見つかる保証はありません。従業員への承継には資金調達に加え、本当に経営者としての資質が備わっているかわからないという問題もあります。社内に後継者候補がいるなら、経営者が会長となってその人に社長をさせてみるといったことも有効な手段です。とにかく長期的な視点で計画を立てることが不可欠だといえるでしょう」

同センターには、まだ承継を具体的に検討しているわけではないが、将来に備えて相談に訪れる経営者も少なくない。そのように少しでも早くから準備に着手しておくことが、事業承継を成功に導く重要なポイントになると木内氏はいう。

事業承継に関する民間の相談先が信頼に足るところかどうか、経営者には判断がつきかねるが、重要な情報が漏洩したりする心配がないのも、公的機関である同センターの大きなメリットである。事業引継ぎ支援センターは全都道府県に開設されているので、後継者不在という課題を抱える経営者は、最寄りのセンターに相談することで承継への第一歩を踏み出してはいかがだろうか。

東京都事業引継ぎ支援センター

住所:東京都千代田区丸の内2-5-1

TEL:03-3283-7555

PART2 塩田組

雇用の持続を第一義にし
従業員に事業を承継

トップダウンではなく
社内の合意で新代表を決定

東京都福生市の株式会社塩田組は、建築・土木工事、リフォームなどを手がける総合建設会社だ。かつては大手ゼネコンの大規模な工事を中心に請け負っていたが、近年は地域密着を重視した事業展開をしている。

1979年に30歳の若さで設立した現取締役会長の橋本恵治氏が、従業員への事業承継を考え始めたのは50代半ばのことだった。

「企業の目的とは何かを考え続けた結果、利益を上げることではなく雇用することだという結論に達し、そのためには会社を存続させることが第一義だと思うようになりました。

私には息子と娘がいますが、建設業とは無関係な仕事に就いているので、子どもに承継させる気はまったくありませんでした。その仕事や会社を心から好きでなければ、経営などできるものではありません」

社内承継のための準備として橋本氏がまず行ったのは、ISO9001(品質マネジメントシステムの国際規格)の取得である。その狙いは、取得後の定期審査に際して行われる業務の洗い出しによって、従業員に作業標準を共有させることだった。全従業員が自社の業務内容を把握することで、経営に参画する意識が芽生えることに期待したのである。同時に、全従業員に2級建設業簿記の取得を推奨し、社内の誰もが決算書を閲覧できるよう公開して、経営の透明化をはかった。そのうえで、橋本氏は後継者候補の人事案を提示し、幹部社員に検討させたという。

「トップダウンで決めなかったのは、最終決定権を従業員に持たせることで、『みんなで決めた人事』という納得感を得ることが大切だと思ったからです」

結果的に人事案は承認され、2014年6月、佐藤英之氏(当時34 歳)が代表取締役に就任。経営のバトンを渡した橋本氏(当時65歳)は取締役会長となった。

「突然代表に推されたことには驚きましたが、社内で承認された以上、会社のために全力を尽くさなければならないと感じました」と佐藤氏。

「この業界は労働集約産業なので、自分を取り繕わず裸になって人と付き合える人柄だから適任だと思った」と、橋本氏は佐藤氏を後継者候補に挙げた理由を語る。

チェック&バランスに配慮し
株式を役員間で分散保有

従業員承継において大きな課題となるのが、新代表が株式を調達するための資金の捻出だ。そこでも橋本氏は独自の解決策を見出し、実行している。

「経営権の委譲後も自分が株式の大部分を保持して会社のオーナーであり続けるつもりはありませんでした。新代表が株を所有しなければ、経営に対するモチベーションを保つことはできないはずです」

橋本氏は同社の発行する1,850株のうち、350株を新代表に譲渡。その購入費用とするべく賞与を支給し、取得に要する負担が一切かからないようにした。

「15年ほど前から従業員への事業承継を計画し、そのための社内留保を積み重ねてきました。中小企業が従業員に事業を承継するには、そうした体力が必要だと思います」

橋本氏は退職金を受け取っておらず、現在保有する株式の将来の売却益が退職金代わりと捉えている。

「いずれ現代表が事業を譲渡する際は、同様に次の社長に賞与を支給して株を譲渡し、退任する代表はその売却益を退職金とする。それを繰り返すことで、会社が永く存続していくことを期待しています」

なお、同社は新代表が就任するのと同時に3名の従業員を取締役にし、同様の方法で各人に300株ずつ委譲している。橋本氏は現在600株を保有しているが、近く250株ほどをさらに新代表に譲渡して筆頭株主にする意向だ。

「株式を代表に集中させなかったのは、組織にチェック&バランス機能を与えたいからです。万一代表が暴走した時に誰も抑制できなければ、会社は迷走してしまいます。専制的な経営を防ぐために、株式を役員間に分散させました」

このように橋本氏の取組みは、全て「組織の健全性維持」と「企業存続」という目的の達成に向けられている。「従業員に承継してよかったと思うのは、現代表の経営を客観視して冷静なアドバイスができることです。親族承継だったとしたら、こうはいかなかったかもしれません」と橋本氏は語り、円滑な事業承継を果たしたことに満足している。

同社の事例は、親族外承継をスムーズに進めるには計画と準備が不可欠であることを物語っている。

㈱塩田組

取締役会長の橋本恵治氏(左)と代表取締役の佐藤英之氏

●設立:1979年

●資本金:1億円

●代表取締役:佐藤英之

●事業内容:総合建設業(建築工事、土木工事、ビル修繕、住宅リフォーム)