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先行投資と削減の判断基準

企業の持続的な成長のためには、常に既存の
事業を見直しながら、効果的な投資や削減を
行っていくことが不可欠となる。

しかし投資や削減には、さまざまなリスクもつきまとう。
投資と削減を行う際の判断基準や、そのタイミングについて、
成功事例などをもとに考察する。

期待収益率で
投資と削減を判断する

企業が成長を遂げていくためには、将来性が高い事業に先行投資を行い、将来の売上げや収益が見込めない事業については撤退するというように「投資と削減」が非常に重要になる。だが難しいのは、どの事業に投資し、削減(撤退)の対象とするのか、そしてどのタイミングでそれらを行うのかといった判断だ。また投資を行う際には、資金の調達も課題となる。事業計画作成に関するコンサルティングに数多く携わり『入門 事業計画書・投資提案書の数値化分析ができる本』の著者でもある、税理士の中村篤人氏は「ある事業について投資をするか、見送るか、削減や撤退をするかの判断をする際には、将来キャッシュフローを描き、期待収益率を出してみることが大切になります」と話す。

業種にもよるが、3~5年先の期待収益率が、資金の調達コストやほかの運用利回りと比較して高ければ投資、大差なければ見送り、マイナスであれば撤退を検討するというのが、一つの判断基準になるという。

「多くの場合、事業主がある事業への投資や撤退を決める際には、社会や市場の動向、競合や取引先の存在、商品の特性といったいくつかの要素を総合的に分析したうえで、いわば直観的に『これはいける』とか『これは難しい』と判断していると思います。事業主は経営のプロですから『経験に裏打ちされたその直観』は、正しい場合が多いものです。

ただし直観に頼って決断を下す前に、例えば投資をするのであれば、実際にどれくらいの収益が期待できるのか、リスク要因はないのか、もし前提としている条件が崩れた場合には売上げや収益はどうなるのか、具体的に数値化してみることが大切だということです。直観を数値に変換し、見える化するのです」

先行投資と削減の判断基準


例えばある事業主が「いま市場は、A、B、C、Dの条件が揃っているから、この事業に投資をすれば必ず成功するはずだ」という手応えを得たとする。ただし事業主の見込みは、必ずしも当たるとはかぎらない。未来に向けた投資は、不確定要素が多いからだ。予測困難な景気や為替の動向、法令などに、事業は大きく左右される。

そこで前提条件であるAの見込みが外れた場合の期待収益率、Bの見込みが外れた場合の期待収益率といったように、ケースに応じてシナリオを立てることが重要になる。

「シナリオを立てる際には、最も実現の可能性が高い『ベースとなるシナリオ』と、何もかもうまくいった場合の『楽観的なシナリオ』、逆に最悪の場合を想定した『悲観的なシナリオ』の3つを用意するとよいでしょう。3つのシナリオを比較することによって、この投資案件が、収益期待も高いがリスクも大きい案件なのか、損益の幅は大きくないが安定収益が期待できる案件なのかも見えてきます」

ただし事業主の中には、事業の将来性を直観で判断するのは得意だが、それを数値化するのは苦手という人も多いだろう。

「そうした場合は、数字に強い公認会計士や税理士などの外部専門家の協力を得て、より現実性の高い将来キャッシュフローを一緒に作成していくといいでしょう。最近は銀行が売上高や利益率の改善などを期待して、融資先企業に外部専門家を積極的に紹介するようになっていますから、銀行に相談してみるのも一つの方法だと思います」

中村篤人(なかむら・あつひと)

税理士、内部監査士、日本証券アナリスト協会検定会員、簿記1級。1960年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。阪和興業㈱にて投資計画分析(FS)、モーゲージ分析、法務審査、輸出業務、内部統制、内部監査、為替取引、船積手配、移転価格などの業務に従事。著書に『入門 事業計画書・投資提案書の数値化分析ができる本〈CD-ROM付き〉』(日本実業出版社)がある。

いま、投資するべきか

1年後に投資するべきか

投資を行うだけの魅力のある将来性の高い事業が見つかった場合、次に判断が必要になるのは投資のタイミングである。「投資をする際には、まず『いま行うべき』かを考えます。法令などを含めた今後の外部環境がどう変わるかが不透明な状況の時には、いますぐ投資を行うことは高いリスクになります。もし1年後のほうがより状況がクリアになり、なおかつ現在と同様の期待収益が望めると判断できたのなら、あえて不確かな中で資金を投入する必要はありません。1年後で十分です」

ただし、状況が完全にクリアになってからでは、多くの競合他社の参入が予想されるため、先行者利益を得られなくなるというリスクもある。そこで、両者のリスクを天秤にかけながら、見極めていくことが重要なポイントとなる。

例えば、いま話題の新しい市場になる可能性があるものの一つに民泊がある。民泊市場にいますぐ投資することのメリットとしては、好条件の物件を押さえられることや、現時点では高い収益率が期待できる点にある。ただし民泊は、今後整備されていく法令の内容次第では、参入障壁が低くなるなど、競争が激化するというリスクもある。そのためチャンスとリスクの両者を視野に入れながら、投資や参入のタイミングをはかる必要があるのだ。「逆に期待収益率などを分析した結果、撤退したほうがいいと判断した場合には、タイミングをはかる必要はありません。いますぐ撤退するべきです。そして撤退によって浮いた人員や資金などのリソースを、期待収益率が高い事業へと振り向けていくことが大事です」

融資に対する
銀行の姿勢が変わってきた

これまで多くの中小企業が投資を行う際に苦労してきたのが、金融機関からの資金の調達である。ただし中村氏は「風向きは変わりつつある」と語る。

「従来銀行は、担保があるかどうかを中小企業に融資を行う際、重要な判断材料にしてきました。しかし近年は『将来性のある事業を行おうとしている中小企業を、銀行はしっかりと支援するべきだ』という金融庁の意向もあり、銀行の姿勢も担保融資だけでなく事業性評価融資を重視する流れにあります。事業主が実現性の高い将来キャッシュフローを銀行に提示できれば、銀行も担保を外したり、債務減免をしたりしたうえで、企業に融資をする可能性もあります。事業主にとっては、将来性の高い事業に投資を行う好機であるといえます」

だからこそ重要になるのは「この事業はいける」という事業主の直観を、きちんと数値に置き換えることだ。直観だけでは、銀行を説得することは困難。前述したように最近は銀行も、直観を数値化することに協力してくれる外部専門家の紹介を行っているので、積極的に活用するのも一つの方法だ。

事業の将来性を数値化することは、投資や削減、撤退を検討する際の重要な判断軸になるだけでなく、資金を調達する際にも必要不可欠なものとなるのだ。

次からは、実際に事業への投資、または削減(撤退)によって、企業として大きな成長を遂げた2つの事例を紹介する。

金融機関が担保・保証以外に評価している項目

CASE1
日本電鍍工業

徹底的な事業の見直しで
経営危機から抜けだす

プラズマ溶射部門からの
撤退を決意する

伊藤麻美氏が日本電鍍工業(株)(埼玉県さいたま市)の代表取締役に就任した2000年当時、会社の経営は負債が10億円以上もある最悪の状況にあった。

かつての同社はめっきに関する優れた技術を持ち、特に時計めっきの分野では、日本の名だたる大手時計メーカーから指定工場にされるほどの優良企業だった。だが創業者が亡くなり、前社長が引き継いだ1991年を境に経営が傾き始める。時計メーカーの多くが海外に生産拠点を移す中で、売上げが激減。ところが前社長は、なぜか時計めっきに固執し、大型の設備投資を行った。投資は当然上手くいくはずもなく、会社は倒産の危機に直面した。

伊藤氏は創業者の娘だったが、大学卒業後はFMラジオのDJの仕事に就いていた。98年からは、宝石関係の資格取得のために米国留学をしていた。そんな時「会社が危ない」という報を聞き帰国。そして、自分が社長として後を継ぐことを決意する。32歳の時だった。

「父が築き上げた会社を失うのは悔しいという思いと、社員やその家族を路頭に迷わせるわけにはいかないという思いがありました」

もちろん業界未経験の32歳の女性が、会社を立て直すのは容易なことではない。かつて200人弱いた社員は48人に減り、活気を失っていた。伊藤氏は社員とコミュニケーションを取りながら、社内の雰囲気を変えていくことにまずは注力した。

その一方で行ったのが、従来同社が柱としてきた事業の見直しである。当時の同社にはめっき部門、イオンプレーティング部門、プラズマ溶射部門があった。このうちプラズマ溶射部門は、利益率は高いが受注数が減少し売上げが激減。伊藤氏は、社内から反対もあった中で、この部門からの撤退を決断する。

「決断の理由は、他社のプラズマ溶射工場を見て回った時に、当社の技術や設備のレベルと、他社のレベルとの落差を実感したからです。他社に追いつくには数千万円の設備投資が必要ですが、当社にはそんな資金調達力はありません。それならこの部門に執着するよりは、自分たちの強みを伸ばすほうに力を注いだほうがいいと判断しました」

「脱時計」を掲げて
多品種変量生産を展開

社員の家族向け工場見学会なども実施。苦しい時代を一緒に乗り越えたからこそ、従業員の家族も大切にしている

伊藤氏は自社の強みと弱みを把握するうえで、積極的にさまざまな会社を訪ね歩いたことが役立ったという。同じめっき業界でも、時計めっき分野ではあたり前と思っていた技術が、分野が異なれば特殊で高度な技術と見なされるといった場面にしばしば遭遇したからだ。そんな中で「当社の強みは、時計めっきによって築きあげた手作業の技術だ」と伊藤氏は確信し「業界は自動化の動きが進んでいるが、あえて手作業で勝負しよう」と決意した。

そのうえで伊藤氏は、社内に対して「脱時計」を掲げた。時計は確かに高い技術力を築くうえでの同社の礎となったが、国内における生産量が激減している中で、そこにしがみつくことは得策ではない。時計から完全に撤退することはしないが、時計で培った強みを生かせる他分野に打って出ることにしたのだ。そして美容や健康、医療機器などの分野に営業活動をかけ、次第に事業の幅を広げていった。

するとそれを見た他業種の企業から「その技術があるのならうちでも」と声をかけられ、さらに幅が広がっていった。こうして売上げは上昇に転じ、わずか3年で黒字化を実現することができた。

「当社はリーマンショックや東日本大震災の時も、大きな打撃を受けずに済みました。これは時計の1業種依存から脱却し、多品種変量生産に切り替えられていたことが大きかったと思います。ある分野の受注が落ちても、違う分野でカバーできるからです」

ただし同社の事業は、黒字化実現後、必ずしも順調だったわけではない。最も苦労したのは資金の調達だった。銀行は黒字化後もしばらくの間、借金の返済を求めるばかりで、新たな融資にはまったく応じてくれなかった。時計以外の分野へ進出するにあたっては、一定の設備投資が必要となったが、数百万円の資金を確保するのさえ難渋した。

「私たちはお客さまのオーダーにお応えできる技術はある。でもそれを形にするためのお金がない。そこで受注先であるお客さまに事情を話し、そちらから生産設備と材料の一部をお借りすることで苦境を乗り越えたのです。私は業界経験が短いこともあり、業界の慣習にとらわれずに行動してきました。積極的に行動し、多くの人に会い、良好な関係を築く。そんな中から自分たちの強みを知り、進むべき道が定まり、困った時にはお客さまから助けていただくこともできました。経営者は苦しい時こそ、自ら動くことが大切だと思っています」

代表取締役の伊藤麻美氏

代表取締役の伊藤麻美氏

●日本電鍍工業(株)

●設立:1958年

●資本金:1,000万円

●代表取締役:伊藤麻美事業

●内容:電気めっき加工 、無電解めっき加工、イオンプレーティング、そのほかの表面処理

CASE2
司ゴム電材

事業の3次元化を目指して
積極的に投資を展開

商社やメーカーの枠を超え
ビジネスを広げていく

伊藤麻美氏が日本電鍍工業(株)(埼玉県さいたま市)の代表取締役に就任した2000年当時、会社の経営は負債が10億円以上もある最悪の状況にあった。

埼玉県蕨市に本社を置く司ゴム電材(株)は、積極的な先行投資によって急成長を遂げてきた企業だ。小泉徹洋氏が代表取締役に就任した2008年当時、約30億円だった売上高は、現在ではグループ会社も含めて約90億円に達している。

同社はゴム製品や樹脂製品、金属製品などの調達を行う商社であり、自社内に生産部門を持つメーカーでもある。現在の売上高構成比は「販売事業が45%、製造事業が55%程度」となっている。

小泉氏は投資にあたっては「事業を3次元で成長させていくことを常に意識してきた」と語る。

例えばごく限られた数種の商材のみを扱っている会社の場合、売上げを伸ばすためには取引社数を増やすしかない。しかし、これには限度があると小泉氏は考えた。

「当社がゴム製品しか売っていなければ、お客さまとの接点はゴムしかなくなります。でもゴムが必要となる場面なんてごく限られているし、お客さまは当社に対して『もっとこんな製品や技術はないのか』と求めています。そこでお客さまのニーズに幅広く対応していくため、商材を広げていくことをまずは考えました」

次に小泉氏が考えたのは、商社やメーカーの範囲を超えて、ビジネスの川上や川下にまで進出することだった。具体的には社内に設計部門や工事部門、メンテナンス部門などを新たに設置した。

「例えば当社が部品の製造や調達にかかわっているものに、エレベーターやエスカレーターがあります。しかし部品の製造や調達だけではなく、当社がエレベーターやエスカレーターの各ユニットの設計や全体の設置工事も行い、さらにはメンテナンスまで請け負えたとしたら、お客さまとの接点は、他社の追随を許さない強固なものになります。つまり、売上げが飛躍的に伸びていくことが期待されるのです」

限られた商材を通じた取引先との1次元的なつながりを、商材のラインアップを広げることで2次元的なものとし、さらには事業の多展開によって3次元化していく。それらを拡大していけば「3倍」ではなく「3乗」で効果があると小泉氏は話す。小泉氏はこれを実現することを目指して、これまで投資を積極的に行ってきたという。


展示会を通じて
顧客のニーズをつかむ

ただし実際には、多くの中小企業では、小泉氏がいうところの3次元化どころか、商材の幅を広げていくという2次元化の段階で苦労している会社が少なくない。やみくもに商材を広げても、市場のニーズと合致しなければ失敗に終わってしまう。そこでニーズをつかむために、同社が活用しているのが展示会である。「展示会に参加することの目的は、より多くの会社と知り合い、その時点では広く浅くでいいから、各企業のニーズを把握することです。その中から当社との接点を深められそうな企業を絞り込み、ミニ展示会を先方の会社で開かせてもらうようにお願いします。ミニ展示会には、関連する部門の担当者の方が何人も参加してくださるため、詳しく先方のニーズをつかみとることができます。そこから新たな商材のアイデアが生まれてくるのです」

M&Aした司冠栄製作所株式会社の工場と従業員

さらに同社では売り込み先の企業に対して、製品の調達だけではなく、設計や工事、メンテナンスができることもアピールする。すると「成約率は格段に高まる」という。

同社では近年、M&Aにも取り組んでいる。11年には他社のエレベーター事業を買収。14年には樹脂製品などの試作開発や生産を手がける企業を買収した。「エレベーター分野では、当社はこれまで安全装置などの小さな部品のみを扱ってきました。そこでカゴやドアなどの意匠製品を製造する部門を買収することで、エレベーター事業に関する商材力を高めることを目指したのです。また14年の買収は、まさしく当社の試作開発力を高めることを狙いとしたものです」

これらの会社は、優れた技術力は有していたものの、営業力などに問題があったため赤字になっていた。その弱点を司ゴム電材がカバーすることで、2社とも1年目で黒字にすることに成功したという。

同社では今後も、ビジネスの2次元化、3次元化を推し進めるために、積極的にM&Aを仕掛けていく方針だ。さらには工事部門の充実や、アグリ部門(植物工場)への進出も予定しているという。

司ゴム電材料(株)

●司ゴム電材(株)

代表取締役の

●設立:1959年

●資本金:6,000万円

●代表取締役:小泉徹洋

●事業内容:ゴム・樹脂・金属製品の製造および販売(弱電・精密機器・自動車部品・医療健康機器・エレベーター・エスカレーターなど)


■金融機関が担保・保証以外に評価している項目(複数回答)


楽器、医療、電子部品、時計などの分野で、日本電鍍工業の技術は高い評価を得ている

社員の家族向け工場見学会なども実施。苦しい時代を一緒に乗り越えたからこそ、従業員の家族も大切にしている

M&Aした司冠栄製作所株式会社の工場と従業員