中小企業保険なら月々2000円のあんしん財団

パワーハラスメントのない会社づくり

職場におけるいじめ・嫌がらせ行為=パワーハラスメント(パワハラ)は、被害を受けた従業員のメンタルヘルス不調や離職、労使間の紛争といった深刻な問題を引き起こす。

職場の雰囲気が悪化することによる生産性の低下も指摘され「パワハラ=企業が看過できない経営リスク」との認識が広まりつつある。

防止するには全社への啓蒙や、問題発生時に対応できる相談窓口の設置などが必要だが、そのための人員やコストの捻出に苦慮する企業も少なくない。

中小企業の経営者がどのような姿勢でパワハラ対策に取り組むべきか、そのポイントを紹介する。

Part1

パワーハラスメントは
なぜ起こるのか?

パワーハラスメントの6類型と3つの問題点


労働局への労働紛争相談で
パワハラがトップに

「セクシャル・ハラスメント」が「新語・流行語大賞」に選ばれたのは1989年。以来さまざまな嫌がらせが「○○ハラスメント」と呼ばれるようになり、「マタニティー・ハラスメント」なども定着した。職場でのいじめや嫌がらせが「パワーハラスメント」(以下、パワハラ)と呼ばれるようになったのは2000年代に入ってからだ。社会問題として注目されるようになって対策に乗り出す企業が現れたが、全国の都道府県労働局に持ち込まれた企業と労働者の紛争に関する相談内容は、2012年度に「いじめ・嫌がらせ」の件数が「解雇」を抜いて1位になるなど、事態は深刻さを増している。

厚生労働省は2011年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」を立ち上げ、問題の現状を分析するとともに、予防・解決に向けた取組みのあり方を議論してきた。同会議はパワハラを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義。上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に行われるものも含むとし、代表的なパワハラ行為を6類型に分類している(図1)。

図1 パワーハラスメントの6類型


「パワハラを発生させる主な要因として、会社からの業績向上圧力、人員削減にともなう人材不足による過重労働、職場のコミュニケーション不足などが挙げられます」と語るのは、(独)労働政策研究・研修機構副主任研究員で、前述のワーキング・グループのメンバーでもある内藤忍氏だ。

職場でのパワハラは以前から存在していたが、近年の経営環境や職場環境の変化が、より発生しやすい状況を生み出しているのではないかと考えられる。

内藤 忍(ないとう・しの)

(独)労働政策研究・研修機構副主任研究員

早稲田大学大学院法学研究科労働法専修博士後期課程単位取得。2006年4月より(独)労働政策研究・研修機構研究員。13年4月より同副主任研究員。専門分野はハラスメント全般、イギリス労働法、労働紛争処理、ジェンダー法、雇用性差別、LGBT差別、ワークライフバランス関連法。

生産性を阻害して
企業業績を悪化させる

そもそもパワハラは人権の観点から許されない行為だが、企業経営者はそれに加え「パワハラを放置すると生産性の低下を招き、結果的に会社の業績を損なう恐れがあることに留意すべき」と内藤氏は指摘する。

「パワハラの発生による職場の雰囲気の悪化は、従業員が十分な能力を発揮することを阻みます。貴重な人材の流出にもつながりますし、被害者が訴訟を起こせば金銭的負担が生じるうえに、企業イメージも悪化するでしょう。精神障害による労災補償の支給決定件数は、2014年度に500件近くまで増えていて(図2)、その原因の一定数がパワハラと思われる行為となっています」

イギリスの研究では、典型的な職場でのいじめ1件が企業にもたらす損失額は約450万円と試算されており(図3)、パワハラが企業経営を脅かす重大なリスクとなっていることを示唆しているという。適切な防止策を講じることは、いまや企業存続に不可欠な条件なのだ。

図2 増加する精神障害などの労災補償件数


では、問題の起きやすい職場にはどのような傾向があるのだろうか。厚生労働省の調査では、パワハラに関連する相談があった職場に共通する特徴として「上司と部下のコミュニケーションが少ない」(51.1%)が最多。以下「正社員や正社員以外などさまざまな立場の従業員が一緒に働いている」(21.9%)、「残業が多い/休みが取り難い」(19.9%)、「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」(19.8%)と続いている。組織内の意思疎通が活発ではなく、業務が重責で過重労働になりがちな職場ほどパワハラが起きやすいということだが、内藤氏が特に着目するのは「さまざまな立場の従業員が一緒に働いている職場」だ。就労形態の多様化とともに、近年そのような職場は急増しつつあるからだ。

内藤氏によれば、派遣労働者が飲み会への参加を負担に感じて退職した事例があり、場合によっては飲み会に誘うこともパワハラになり得るという。

この事例は、職場の人が派遣労働者を誘わなければパワハラ6類型の「人間関係からの切り離し」、無理に誘えば「過大な要求」や「個の侵害」になりかねないという難しい問題を含んでいる。

「従業員にはそれぞれの事情があるので、組織全体が同一の行動をすることはいまの社会には合いません。業務時間外の行事は、あくまでも主体的な参加を募る範囲にとどめるべきでしょう」

こうした問題に限らず、雇用形態の多様化は、正社員と同じ業務をしながら賃金の低い非正規社員が不満を抱くなど、紛争の種となり得る。

企業経営者はリスクコントロールの観点から組織全体に目配りをし、パワハラの発生を未然に防ぐ努力が欠かせない。

図3 パワハラが企業にもたらす損失

早期の適切な対策が
退職やメンタル不調を防ぐ

厚生労働省による従業員調査では、パワハラを受けた経験のある人全体の46.7%が「何もしなかった」と回答し、男性、年長者、管理職ほどその傾向が強いことが明らかになっている。被害を訴えることで、自分の立場が悪くなるのを恐れてのことだ。

「パワハラをメンタルヘルス不調や離職、労使間の紛争に発展させないためには、会社が早期に被害を把握し、適切な対応をとることが不可欠です。そのためには職場内に相談しやすい雰囲気をつくるとともに、社内外の相談機関を設けることも必要でしょう。しかし、実態調査では『制度や仕組みが公正に運用される保証がない』、『利用によって不利益な取扱いを受ける』、『上司や同僚との人間関係が悪くなる』などの理由から、相談機関の利用率が非常に低い現状を示しています」

パワハラを受けて労働局に相談した人の3割以上がメンタル不調に罹患し、約8割の人が退職している。

この事実が物語るのは、多くの被害者が心を病むまで我慢し、退職の決意をしてからやっと相談に訪れているという実態だ。

「利害関係のない人が社内にいないケースが多い中小企業では相談機関を設けるのは困難ですし、それを運営する人事担当者の負担も大きなものになってしまいます。そこで私は、解決のリソースを持たない中小企業が社内でパワハラの発生を把握した場合は、できるだけ早めに各都道府県にある厚生労働省労働局の総合労働相談窓口を利用されることをおすすめします」

労働問題の専門家が中立的な立場で相談に応じる行政機関であれば、労働者は会社と契約している社労士や弁護士より信頼感を抱きやすい。利用は無料なので、企業としてもコストをかけずに適切な解決策を見出せるメリットがある。

個々の企業がそうした取組みを進める一方で「パワハラを規制する法制度の整備も望まれる」と内藤氏。

「パワハラ対策が進んでいる欧州には、ハラスメントの予防義務を事業者に課している国もあります。日本でパワハラの被害者が勝訴した裁判では、民法上の不法行為にあたると判断されています。予防に向けて企業の管理意識を強めさせるには“パワハラ防止法”のような法律で、どのような行為がいけないのかを明示することが望ましいと思います」

人口減少による労働力不足を補うため、国は女性や高齢者の活躍に期待をかけている。今後は外国人労働者が増加する可能性もあり、就労者や就労形態はますます多様化するだろう。

職場でさまざまな価値観がぶつかり合って軋あつ轢れきが生じれば、パワハラも発生しやすくなる。そうした状況を踏まえて対応策を検討することは、企業にとっても国にとっても喫緊の課題となっている。

Part2

中小企業が取り組むべき
パワハラ対策

パワハラにつながりやすい
上司の管理能力不足

パワハラの種類は多様だが、中小企業で特に問題になりがちなのが、成果を求めるあまり管理者が部下に度を越したハッパを掛けたり、過重な業務を押し付けたりするケースだ。

「社会状況や経営環境が一変した現在、かつてのような画一的なマネジメントは通用しなくなっています」と語るのは、組織のハラスメントやメンタルヘルス、女性活躍推進などに関する総合コンサルテーションを行う(株)クオレ・シー・キューブ代表取締役会長の岡田康子氏。

「日本経済が右肩上がりで、苦労した分だけ待遇がよくなった時代であれば厳しさを乗り越えられましたが、最近の従業員はやりがいを見出しにくくなっています。また、以前は上司が教えることで部下が仕事を覚えたものですが、現在は若手ほどITスキルが高いといった複雑な状況もあります」

昔のようにどなることで部下を管理できなくなった結果、感情が鬱屈して陰湿ないい方をしたり、無視したりする上司が増加しているのではないかと岡田氏は分析する。

「目標が達成できないとしたら、そこには理由があります。『部下が思うように動いてくれないから』と部署の管理者が感じているとしたら、それは上司にマネジメントスキルが欠如しているため。その場合トップに求められる役割は、上司を叱りつけることではなく、マネジメント教育を受けさせることでしょう」

また、中小企業では経営者が自分のやり方を強制しがちだが、社会の様相が複雑化しているいまは、個々の社員が現場で自ら判断し、自己決定ができるようにしなければ成果は出にくい。

「業績が上がらないから従業員に圧力をかける」という負のサイクルから抜け出すことが、パワハラ防止の第一歩なのだと岡田氏はいう。

部下の成長に結び付く
コミュニケーション促進を

大手企業が導入しているパワハラ対策は「認知期」、「撲滅期」、「改善期」からなり(図4)、社内の担当窓口が主導してPDCAサイクルを回すのが一般的だ。

しかし中小企業では相談窓口の運営が容易ではなく、開設したとしても、誰が何を相談したかすぐ周囲に知られる恐れがある。

「中小企業では、制度を整備する前にまずトップがパワハラ防止の意思表示をし、職場風土の改善に努めるべきでしょう。そこで重要になるのが、経営者自らが個々の従業員を尊重することです」


同時に、自社の経営環境を顧みて、不合理な部分を改めることも不可欠だ。最近はビジネスモデルに無理があることから、長時間労働や安全上問題のある業務、不正行為の強要なども増加。労働法違反が絡むことから、そうしたパワハラは特に訴訟の対象になりやすいという。

コミュニケーションの活性化もパワハラの起きにくい職場づくりに必須の課題だが、管理者にとっては、「単に部下と仲良くすることが目的であってはいけない」と岡田氏。

「管理者が部下とコミュニケーションを取る目的は、業務で実現してほしいことを明確に伝えるとともに、適切な指導によって部下の考えと行動を変革させることです」

部下に期待して託した仕事を上手くできなかった場合「何日もかけてこれだけか」と不満を漏らしたところで得られるものはない。常に部下の成長を促すように働きかけるのが上司や経営者の責務であり、そのような職場では特に対策を講じずとも、自ずとパワハラは撲滅されるはずだと岡田氏は語る。


パワーハラスメントを理解するための練習問題


パワーハラスメントを理解するための練習問題の回答

岡田康子(おかだ・やすこ)

(株)クオレ・シー・キューブ代表取締役会長

中央大学文学部哲学科社会学専攻卒業。社会福祉法人などを経て、1990年メンタルヘルスの支援サービスと各種調査会社である(株)クオレ・シー・キューブを設立。パワーハラスメント専門の相談窓口「パワハラほっとライン」を主宰し、その実態調査にも力を入れている。著書に『上司殿!それは、パワハラです』(日本経済新聞社)など。

ページ4

ページ5